オーストラリアのワーホリで「高時給」と「ビザ延長」の代名詞といえば、ミートファクトリー(食肉加工工場)です。私はアデレード郊外にあるミートファクトリーで、約20ヶ月間という長期間、この過酷な現場を生き抜きました。
最初の絶望から、月30万円の貯金ができるようになるまでの紆余曲折。30代という年齢でこの肉体労働に飛び込んだ私の、飾らないリアルな日常を公開します。
1. パッキングルームでの洗礼:翌朝、手が動かない?
最初に配属されたのは「パッキングルーム」。私の仕事は、猛スピードで流れてくるラム肉のパックを整える補助作業でした。
「単純作業なら楽勝だ」と思っていたのは大間違い。ラインの速度に手が追いつかず、製品を詰まらせてはスーパーバイザーに注意される日々。初めての本格的な肉体労働に、翌朝は指がしびれて思うように動かないほどの衝撃を受けました。「30代の自分に、この先続けられるのか…」と、初週から何度も弱音が漏れそうになりました。

(画像:パッキングルームで必死に食らいついていた頃)
2. 「クビ宣告」かと思いきや。運命を変えた部署異動
配属から2週間。突然スーパーバイザーに呼び出され、こう言われました。
「ここで働いてほしかったけど、別の部署に移ってもらうことになった。今までありがとう。」
その瞬間、頭が真っ白になりました。「クビか、さもなくば血まみれの過酷な部署行きだ…」と最悪の事態を覚悟したのです。しかし、案内されたのは「冷凍倉庫(コールドストア)」。工場の最終工程を担う部署でした。
ここは常に0〜5度。冷凍室に至ってはマイナス25度という、まつ毛も凍る極寒の世界。20kg近い段ボールをパレットに積み続ける作業は、毎日が限界との戦いでした。しかし、パッキングルームよりも自由度が高く、結果として私はここでの仕事を20ヶ月も全うすることになります。

(画像:マイナス25度の世界。防寒装備が欠かせません)
3. 1日のルーティン:30代、体調管理との戦い
午後シフト(午後2時半〜深夜2時頃)だったため、完全な昼夜逆転生活。30代になると不規則な生活は体に来ますが、逆に午前中をゆっくり過ごすことで、ハードな労働に備えるリズムを作っていました。
- 13:00: 同僚のインドネシア人と車で通勤。車内での何気ない会話が、孤独な海外生活の癒やしでした。
- 17:30 / 20:30: 30分ずつの休憩。冷え切った体に温かいお弁当と糖分を補給し、再びマイナス25度の戦場へ戻ります。
- 01:30: 帰宅。深夜に食べるラーメンが、1日の疲れを吹き飛ばす唯一の贅沢でした。
5. 20ヶ月続けて分かった「本当のメリット」
もちろん体力面の大変さは計り知れません。しかし、それ以上に得られたものが私の人生を豊かにしてくれました。
- お金の不安が消滅: 残業代を含め、多い時は週給2,000ドル。月に約3,000ドル(約30万円)の貯金ができ、海外生活での金銭的な焦りが完全になくなりました。
- 「有給休暇」という安心: 途中でフルタイム契約に切り替わったことで、時給は下がりましたが「有給・病欠」の権利を得ました。30代にとって、怪我や体調不良を恐れずに働ける安心感は絶大でした。
- 日本人が一人もいない環境: 私の部署に日本人はゼロ。心細かったですが、そのおかげで多国籍な友人ができ、英語力も飛躍的に向上しました。
まとめ:30代からの再出発に「ミートファクトリー」を勧める理由
決して「楽に稼げる」とは言いません。しかし、**「英語力はないけれど、自力で道を切り拓きたい」**と願うなら、ここは最高の場所です。ビザの延長(サードまで!)を叶え、次の挑戦に向けた資金を貯める。私にとってこの20ヶ月は、オーストラリアに来たからこそ得られた、誇れる勲章です。
次回は、この過酷な労働の末に手に入れた「セカンド・サードビザ申請」の具体的な流れについてお話しします。

